ならしのしぎかい たかはしまさあき
令和3年9月、大原(おおはら)神社に『下総三山の七年祭り』の案内板が完成し設置されました。船橋市にある二宮(にのみや)神社には、以前から七年祭りの案内板がありましたので、習志野市でも設置する事となりました。
しもうさみやまのしちねんまつり
この祭りは、習志野市、船橋市、千葉市、八千代市の九つの神社が集まる下総地方を代表する寄合祭りです。祭りは9月に行われる小祭と、11月に行われる大祭からなり、6年ごとの丑年と未年に行われ、数えて7年になることから、七年祭りと呼ばれています。お祭りの起源には複数の説がありますが、室町時代の千葉一族、馬 加 康 胤(まくわり やすたね)にまつわる安産祈願と安産御礼の故事に由来する説が有力とされています。小祭はかって湯立ての神事により大祭の日を占った事から湯立祭(ゆだてさい)とも呼ばれ、二宮神社だけで行われます。神輿(みこし)や山車(だし)などが一日をかけて三山町内を練り歩きます。大祭初日は「 禊式 」(みそぎしき)で旧鷺沼海岸に行き身を清め翌日に備えます。2日目は「 安産御礼大祭 」で神揃場(かみそろいば)(船橋市三山)に全ての神社の神輿が勢揃いし、七曲がりと呼ばれる道を通って二宮神社に向かい昇殿し参拝します。3日目の「 磯出祭 」(いそでさい)は千葉市の旧幕張海岸で4社によって行われる安産を祈願する祭事です。この後二宮神社と子安神社の神輿による「 別れの儀式 」を行い、その帰りに二宮神社の神輿だけが習志野市鷺沼の「神之台(火の口台)」(かんのだい)に立ち寄って神事を行います。この神事は祭りの終わりを知らせるものと言われています。
【七年祭り・一日目】
神輿が山車を従え安産御礼大祭の為、二宮神社へと向かい昇殿参拝します。大原神社に戻ると深夜「 磯出祭 」に向かう二宮神社一行を休憩所として迎え入れ見送ったあと初日を終えます。
【七年祭り・二日目】
実籾東習志野地域を神輿や山車が練り歩く「 花流し 」を行います。 大原神社のお神輿は、昭和36年に市川市行徳の神輿師、後藤直光によって製作されたもので、地域の担ぎ手達により勇壮に担がれる様は圧巻です。
二宮神社 | にのみやじんじゃ 父 船橋市三山 |
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子安神社 | こやすじんじゃ 母 千葉市花見川区畑町 |
子守神社 | こもりじんじゃ 子守 千葉市花見川区幕張町 |
三代王神社 | さんだいおうじんじゃ 産婆 千葉市花見川区武石 |
菊田神社 | きくたじんじゃ 叔父 習志野市津田沼 |
大原神社 | おおはらじんじゃ 叔母 習志野市実籾 |
時平神社 | ときひらじんじゃ 長男 八千代市萱田町・大和田 |
高津比咩 | たかつひめじんじゃ 娘 八千代市高津 |
八王子神社 | はちおうじじんじゃ 末息子 船橋市古和釜 |
千葉県指定無形民族文化財
平成16(2004)年3月30日指定
伝承者 七年まつり保存會
習志野市教育委員会
にのみやじんじゃ